「コンストラクト」とは「つくる」という意味ですが、「コンストラクショニズム」は、MIT(マサチュセッツ工科大学)のシーモア・パパート教授によって体系化された学びの理論の事です。そしてこの理論はスイスの発達心理学者であるジャン・ピアジェ(1896〜1980)の「知識の理論」(Theory of knowledge)をベースにしています。

遊具などのものを使って遊ぶ事が学びの中で重要な役割を果たす事が認知されたのはそれほど昔の事ではなく、それまでは「一方的に先生の話を聞いたり、復唱する事」が教育のあり方の全てでした。しかし、「学習者は感覚や実体験を通して学ぶべき」、「ことばの前にものを学ぶべき」という主張がなされるようになり、ジャン・ピアジェが、こうした学びの考え方に対して発達という立場から学問的基礎を与えたのです。ジャン・ピアジェはこどもが知識を形成していく上で「具象」から「抽象」へと進むと主張しましたが、研究目的は、こどもがどのように知識を獲得していくかを解明する事でした。ジャン・ピアジェはこどもが何歳頃にどのような知識の体系を身につけるのかを知るため、こどもに対するさまざまな質問を考案したのですが、教育者というよりもむしろ実験者として自覚していました。シーモア・パパート教授はこれとは反対に、ジャン・ピアジェがこどもについて学んだ事を「教育について再考するためのベース」として捉え、教育理論を形成したのです。

人々が教育についてどのように考えるかは、知識についてどのように考えているかによって異なります。例えば知識は生得的なものであると考えるのであれば、教育とはもともとこどもが持っている知識を使うよう仕向けていく事になります。また、知識は単に外界での経験を反映したものだと考えれば、教育とは「正しい」経験をする機会を与え、「正しい」取り組み方を示して、「正しい」答えを教えていく事になります。しかし、ジャン・ピアジェやシーモア・パパート教授が考えたように、「知識」はこどもによって能動的に形づくられるものと考えられるのであれば教育とは「この能動的なプロセスに関わらせるために創造的なアクティビティに取り組む機会を与える事」と定義出来ます。シーモア・パパート教授が述べているように、「良い学びとは、教師にとってより良い教え方から来るのではなく、こどもが知識を形づくるためのよりよい機会を与えることから来る」ものなのです。教育に対するこのような見方を「コンストラクショニズム」と呼びます。

コンストラクショニズムの理論では、よりよく学ぶためにはこどもたちが自分にとって意味のあるもの、例えば砂の城、詩、メカ、お話、コンピュータプログラム、歌をつくる事が効果的であるとしています。つまり、コンストラクショニズムでは2種類の「つくる」という行為が学びに関与しているのです。1つはこどもが実際につくりあげる具体物であり、もう1つはこども自身の中で同時につくり上げられる知識なのです。こうしてつくられた知識はさらに洗練された具体物をつくるために活用されますし、その事がさらに多くの知識をつくり上げていくというサイクルを形成しているわけです。
 

学び手がより良く「つくる」事が出来るようシーモア・パパート教授とMITの研究チームはさまざまな「ものづくり」素材を用意し、そうした素材がもっともよく活用されるための環境を設置しました。アート創作のための素材は良いものづくり素材であり、紙・ダンボール・土・プラスティック・石鹸など普段あまり使い道がないようなものでも、ものづくりのためには大変良い素材となります。

シーモア・パパート教授は1960年代後半にコンストラクショニズムについて考え始めましたが、そのきっかけは数週間にわたって美術の授業を参観した時でした。こどもたちが一心に石鹸を使った創作活動に取り組んでいる姿を見て、「この美術の授業と数学の授業はなぜあんなに違ってしまっているのだろう?」と考えたのです。たいていの数学のクラスでは、生徒は問題の解き方を見せられるか、数式を教えられるものです。そして、その後ある問題を与えられて(生徒ではなく指導者が選ぶことが多いですが.......)、その問題を解くように指導されるわけです。このような授業では、「コンストラクション(生徒と自らの積極的な関わりによって問題を解く)」のではなく「インストラクション(教授による学習)」によってそのほどんどの時間が過ぎていきます。一方、美術の授業においては生徒たちは「個人的」に関心のある何かを創作しようとする。皆、同じ素材(粘土や石鹸)を使っているのにも拘らず、全く同じものをつくっている生徒は1人としていません。生徒たちは空想力や想像力のおよぶかぎり、自分自身の持ち味が出ている作品をつくり上げるのです。ここで言いたいのは、「インストラクション=教授」がいつでも正しくないという事ではありません。インストラクションとは例えれば、強い薬のようなものです。正しい時に、正しい量だけ服用すればたいへん有効なのですが、適当でない時に、適当でない量を用いれば、学びの障害となるばかりか知的な毒と言えるほど有害かもしれません。

石鹸を使った創作クラスについて深く考えた事がきっかけとなり、シーモア・パパート教授はその後何年にもわたってコンストラクションを基礎とした数学教育の実現に向けて取り組む事となりました。「コンストラクショニズム」という言葉を生み出すずっと前から、その考え方自身は教授の心に「石鹸創作のような数学」として存在していたのです。そしてそのような数学教育を実現するためには、アート創作の素材よりはもっと洗練された、強力な方法が必要になるであろうことを感じていたのです。1970年代になってシーモア・パパート教授と同僚はロゴ(LOGO)と呼ばれるコンピュータ言語をデザインしました。こどもたちはロゴを使って絵を描いたり、アニメーションや音楽やゲームを作ったり、シュミレーションする事まで出来たのです。そしてロゴではそれらをつくり上げるのに数学を組立用ブロックとして使ったのです。
1980年代になると、MITのチームはロゴとレゴを組み合わせて「レゴロゴ」と呼ばれるツールをつくりました。レゴロゴを使って、こどもたちがつくった作品を制御して動かすことができるようになったのです。こどもたちはレゴ作品を動かしたり、歩かせたり、光らせたり、いろいろな外部刺激に反応するようコンピュータでプログラムをつくります。その結果出来上がったマシン(制御可能なレゴ作品)のふるまいはとても複雑なものとなりました。

レゴロゴでは、こどもたちは3つの種類のものづくり(コンストラクション)に拘りました。
(1)レゴを使って作品をつくる。
(2)コンピュータでプログラムをつくる。
(3)その結果、知識を頭の中につくる。
さらに、レゴロゴを通して学ぶ時、こどもは本当に科学者やエンジニアが考えるようにして科学や設計について学んでいくのでした。これは、ロゴを使うこどもの学びが数学者の思考方法とそっくりであったのと同じ現象です。そしてこの事は教師から一方的に教えられるインストラクションとは全く異なっていたのです。

 

コンストラクショニズムに基づく学びにとって、良いものづくりの素材は必要なものですが、それだけで良い学びが実現出来るわけではありません。同じように大切なのは、学びを取り巻く環境、言い換えれば知識の構成がどのような社会的な背景の中で起きるのかという事です。
学びにとって良い環境とは、次の3つのことがらについて最大の効果をもたらすものといえます。
@選択
A多様性
B相性

コンストラクショニズムではこどもたち各々が個人的に相当の関心を寄せているものをつくりあげるときに学びがもっとも効果的になるとしています。しかし、何が個人的に関心のある事なのかを他人が見出すのは困難です。そのため「選択」という事が」重要になるのです。選択が多いほど、こどもにとって自分の関心のあることにはまり込む可能性が高くなるのです。こどもたちが手を動かしてする作業(ものづくり)により深く関われば、それだけ新しい知識がすでにこどもたちが獲得している知識と結びつく可能性も高くなるのです。

「多様性」は2つの意味において大切です。つまり、技能の広がりとスタイルの広がりという事です。良い環境の中では初心者から専門家まで幅広い技能を持った参加者を受け入れる事が出来ます。この事は時として、年齢の違うこどもたちを1つのクラスに受け入れる形ともなります。もしこどもたちの技能レベルが皆同じであれば同じ箇所で行き詰ったりする事もあるでしょう。しかし、いろいろなレベルのこどもたちが混在しているような場合には、、経験の少ないこどもたちはより経験の豊富なこどもたちから学ぶ事が出来ます。経験豊富なこどもたちは他のこどもたちに説明したり手助けする事で自分の経験や知識をより洗練させる事が出来ます。「スタイルの多様性」とは、各自にとって意味のあるものをつくるときに「これが正しいやり方」は無いという事です。例えば、ある人はものづくりに取り掛かる前に注意深く計画を立てたいと思うでしょう。十分計画について考えて、実際に取り掛かった後でもう一度計画に立ち戻ったりするかもしれません。他の人々は事前に計画を立てる事なく、ものづくりの過程において自分と「対話」しながら進めたいと思うでしょう。前者は「プランナー(計画を好む)」と呼ばれ、後者は「ティンカラー(思いつきを好む)」と呼ばれます。どちらのスタイルが良いという事はなく、状況によってどちらも有効といえます。傾向として、男の子はプランナーが多く、女の子はティンカラーが多いようですが、無論そうでないケースもあります。学校においては、伝統的によりフォーマルで、抽象的なスタイルのプランナーに高い価値をおいてきました。しかし、現在では多くの教師がこうした一方的な見方に抵抗を示しています。

最後に、良い学びの環境とはこどもにとって「相性」の良いものである必要もあります。学び手にとって親しみ易く、容易に溶け込めるようなものでなくてはなりません。何にもまして、出来るだけ時間的な制約のないようにしておかなければなりません。創造性は時計で追うような環境では育ちません。愉しんだり、お話したり、夢想したり、歩き回って他の人々の様子を見たりする時間が必要なのです。間違ったやり方をしたらやり直す時間が必要です。行き詰ったら考える時間も必要です。実は何もしないでいる時間でさえ必要なのです。

さらには、良い学びの環境は学び手にものづくりをするための時間と空間を与えるだけではなく、同じくものづくりに関心を持つ人々と出会う機会を与えるのです。

<参考文献>
Harel,I. and Papert,S.(eds) Constructionism,Ablex Publishing Corporation,Norwood,NJ:1991
Harel,I.(ed) Constructionism Learning M..I.T. Media Laboratory, Cambridge,MA:1990
Papert,S.Mindstorms Basic Books,Inc..New York:1980
Papert,S.The Children's Machine Basic Books,Inc.New York:1993
Piaget,J. The Essential Piaget Gruber,H.and Voneche,J.(eds) Basic Books,Inc.New York:1977


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